北海道 むかわ町 ししゃも 3つの点を線で結ぶ! その8
- 2021/06/26
- 14:57
みなさん、こんにちは!
明日を信じて、明るく、楽しく、前向きに!
いつものように、北海道むかわ町からお届けしております。
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前回までのあらすじ…
「ししゃも」は北海道の太平洋沿岸の一部にのみ生息する北海道の固有種です。
鮭と同じように、秋になると産卵のため、生まれた川に帰ってきます。そうすることで、動物や人間が冬を乗り越えるだけの貴重なタンパク源になってきました。
鵡川エリアでは800年前にはアイヌの大きなコタンが形成されていましたが、食べ物がたくさん手に入る、豊かな大地だったという事が想像できます、というお話しでした。
さて、そこからいきなり大正時代までタイムスリップします。
徳島から入植した大野留吉によって大正12年、カネダイ大野商店はむかわ町で創業しました。
ここから昭和50年代くらいまで(おそらく戦前戦中を除いて)ひたすらに右肩上がりで栄えていったと考えられます。
(昭和10年代頃の大野商店)
大都会に人々が集中してしてはいました。しかし農・林・水産に石炭産業と、地方の町や村も繁栄していた時代が確かにありました。
その当時に撮影された写真をみると、パラレルワールドを観ているような不思議な感覚になります。それと同時に、どこか羨ましい感じがします。
大都会に人々が集中してしてはいました。しかし農・林・水産に石炭産業と、地方の町や村も繁栄していた時代が確かにありました。
その当時に撮影された写真をみると、パラレルワールドを観ているような不思議な感覚になります。それと同時に、どこか羨ましい感じがします。
国鉄の日高本線には急行列車も走り、列車は通学する生徒でごったがえし、苫小牧駅では方からかけた箱でお弁当が売られていて、立ち食いソバの匂いが食欲をそそりました。
秋になれば鵡川では、ししゃもを採る人々でごった返していました。昭和の時代は町民誰もがししゃもを取ることができたわけです。
秋になれば鵡川では、ししゃもを採る人々でごった返していました。昭和の時代は町民誰もがししゃもを取ることができたわけです。
むかわ町に流れる清流鵡川、産卵の為に遡上してきたししゃもを町民は網やタモを用いて捕まえることができたのです。
当時は鵡川に溢れる位のししゃもが遡上していて、鵡川漁業組合で販売していたししゃも漁権利を購入すれば、誰でも簡単にししゃもを獲る事ができたといいます。もちろん、現在はできません。
今ではそれらの多くが失われて、なおかつ取り戻すことは難しい。それが現実です。
(その9へつづく)
(その9へつづく)
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